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馬坂城  まざかじょう  2009/11/28 茨城県常陸太田市天神林町  平山城。築城時期、平安末期。築城者、天神林氏。 主要城主、天神林氏、佐竹氏、稲木氏  平安時代の末期、新羅三郎義光(源義家の弟)の孫昌義は、久慈郡佐竹郷に永住。佐竹氏を名乗り、馬坂城を築いた。約2000坪。三つの曲輪。北を鶴が池、西南を山田川が囲む自然の要害。三方ともに高さ約30mの急な崖となっている。関東平野を一望できる天然の要害である。佐竹氏は、3代隆義が太田城(舞鶴城)に移る。その後、馬坂城に、4代秀義の子義清が稲木氏を名乗って居住。稲木氏滅亡後、14代義俊の子義成が天神林氏を名乗り居住。1602年、佐竹氏秋田移封にともない廃城。(説明板より)

右に曲がる。城跡は木の見える右奥あたり。

城跡まで50m。看板近くにある間坂薬師堂。



城跡。

説明板記載の地図。

城跡より見る  関東平野。