舞鶴城 まいづるじょう  2009/11/22 常陸太田市中城町151   通称、太田城。関東七名城、太田城・川越城・忍城・前橋城・金山城・唐沢山城・宇都宮城 関東三山城、太田城・金山城・唐沢城に数えられる。 平安末期、藤原秀郷の子孫が、築城したのが始まり。中世、常陸に大きな影響力があった佐竹氏470年間の居城。戦国時代末期、佐竹義宣は水戸城にうつる。
父、義重は城に留まる。関ヶ原の戦い後、佐竹氏は、秋田に移封。太田城跡には、水戸藩家老の太田御殿が築かれ、明治維新を迎える。現在は宅地化された。本丸跡地は、太田小学校。石碑が建立されている。

本郭は、太田小学校一帯。二の郭は、内堀町から若宮八幡宮一帯。三の郭は、栄町の大半。搦手は、北側にあった。



小学校グランドのはずれ。土塁後に見える。