18/4/30 称念寺 真宗大谷派 鹿島山称念寺  茨城県鉾田市鹿田。

本堂。



南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。

門徒会館。



中興紀念碑。

本堂建設記念碑。

門徒会館・庫裏建設記念碑。




1261年 鹿島神宮の神官為尊が、性信御房の弟子となり潮来市延方の地に称念寺を開く。
1846年 越中出身、秀明が称念寺に入る。
鉾田市に、北陸門徒が多く移住してきていた。
秀明は、請われて現在地に寺を移転し、現在に至る。
現在の住職さまは6代目とのこと。住職さまの名字は、延方といわれる。
1983年本堂再建。
1985年寺墓地新規造成。
2000年門徒会館・庫裏落成。

突然におしゃまして、お忙しいところ住職さまには、貴重な時間をいただきました。
いろいろと教えていただきました。ありがとうございました。

中興紀念碑には、以下の文字が刻まれていた。
写真で撮って文字にしたか、読み取れないところが多い。以下には、誤字・脱字多い。
為尊が延方に稱念寺をつくった。
笠間市にある唯信寺との関係がある。
秀明の名前も出てくる。
30数名の加能越中からの移住者のはなしも書かれている。
立派な本堂・門徒会館は、現在地域の方にとって信仰のよりどころとなっている、との感じをうけた。


中興紀念碑
本寺首祖稱念□□行方郡延方郷人家世為康嶋神之祠官通爾□
嶋為尊帰性信師薙□□□□□延方帰稱念寺寛正元年移居□□
属唯信寺為爾後不□□□□□弘化三年秀明興之秀明□中属□
言崎明政之男也来住宍戸興唯信寺唯恵親善弘化五年江沼□□
衛門記二師以開拓之□二師□之村之吉川武右衛門山崎宗衛門
門□溜甚庄衛門小沼□之右衛門山口兵□山口嘉七郎小□□兵
□□□□三郎見澤新□□□思右衛門募力農於加能越中農□□  
其効曰挙移住者三十有□□□悉為其禮巧明治六年本山改□□  
十三年住職静證白之□□□□立之班移寺康口十月農□見真大
□六日年之□□□移住者三十数衆以為碑記□静證秀明之男
               二年十月 得  □之銘曰

天明の飢饉のころ、天領の領民などがよそに移ることがあった。
田畑は荒れた。
加賀・能登・越中から真宗門徒に移住してもらった。
茨城県では、鉾田市・笠間市・千代田村他多くの移住者がいた。
茨城県は、現在真宗門徒は他宗とくらべ多くはない。
しかし、移住者により真宗の教えが現在も残っている。
と、考える。